昨年ソニーが起こした顧客情報流出問題により、同社初の外国人CEO兼社長・
ハワード・ストリンガー氏に対しては内外から厳しい目が向けられている。しかし、
トップの求心力低下の端緒は、すでに前社長・出井伸之氏の時から現れ始めていた。
じつは後で分かったことだが、出井氏が2000年に大賀典雄氏からCEOを引き継ぎ、名実共にソニーの
トップになったとき、すでに彼の権力基盤は揺らぎ始めていたのだ。それを決定づけたのは、
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)社長の久多良木健氏との軋轢である。
翌年春、出井氏はSCEのCOO(最高執行責任者)に、本社上席常務の野副正行氏を任命した。
本社から子会社への役員派遣は、珍しくもない普通の人事異動である。しかしSCE社長だった
久多良木健氏は、この人事異動に激しく反発し、最後には白紙撤回させてしまう。
久多良木氏が本社の「介入」を嫌ったのには、十分な理由がある。ソニーがゲーム事業に
参入することに対し、多くの本社の役員たちは冷ややかで「なんで、ソニーがゲームなんか」と
露骨に不快感を露わにする者もいた。ゲーム=子供のおもちゃ、というわけだ。
そうした最悪の雰囲気のなか、社長だった大賀の「やってみろ」のひと言でゲーム事業への
取り組みが始まり、SCEの設立までこぎつけるのだ。しかもその後、
据え置き型ゲーム機「プレイステーション(プレステ)」やプレステ2を大ヒットさせて優良企業にした。
まさに、ソニー本社に対し「ざまあ、みろ」の気分だったろう。
http://www.news-postseven.com/archives/20110726_26611.html